「死」は悲しみと苦痛の代名詞ではない

皆様、「死」という単語は神聖な言葉です。悲しみと苦痛の代名詞ではありません。それで、真の父母様がその単語を「昇華」という言葉に換えて発表しました。地上界の人生を花咲かせ、実を結び、穀物を抱いて歓喜と勝利の世界に入る時が霊界入門の瞬間です。喜ぶべき瞬間です。心ゆくまで祝賀し、送り出してあげるべき時です。悲しみの涙ではなく、喜びの涙を流してあげるべき時です。

昇華式とは、このように神聖で崇高な儀式です。神様の懐に入って侍り、永生を楽しむために行く第一歩なのです。新婦が嫁いでいくその瞬間より、もっと胸躍らせて興奮すべき時です。

(「天地人真の父母定着実体み言宣布天宙大会」のメッセージから)


今は、「昇華」が「聖和」と呼称が変更されていますね。
「昇華」は昇天に近いイメージで、天に上っていく、天国という次元に上がっていくというイメージがありましたが、「聖和」は人間自らの質的・次元的な転換がなされ、神人愛一体の境地を感じます。
文鮮明先生は、「聖人」の上に「聖子(せいし)」という段階を示しました。
国家、世界を超えて、神と一体となった子女の境地です。
私たちは聖子となって聖和していかなければならないのだと思います。
それが人生の目的です。
「聖和」の持つ意義こそが、「死」が悲しみと苦痛の代名詞ではなく、歓喜と勝利の立場であることの所以です。
2012年、9月3日には文鮮明先生ご自身が聖和され、12月26日には現職の日本統一教会会長の梶栗玄太郎氏が聖和しました。
聖和は、地上生活のゴールなのです。