アベルの正道とは

ホームチャーチができれば、カープに負けない活動をしなければなりません。そのような善の戦いをしなくてはならないというのです。それは既成教会のため、若者のため、共産党のため、アメリカのためにするのであって、統一教会のためにするのではないのです。アベルは自分のために苦労するのではないのです。それがアベルの行く道です。
全体のために尽くすのです。私自身は統一教会のために尽くすのではなく、世界のために尽くしているのです。統一教会のためではないのです。それが何かというと「アベルの正道」なのです。それが「アベルの行く道」だというのです。神様の復帰摂理から見た方向に、アベルたちが行く道が正道だということを皆さんは知らなくてはなりません。(「摂理から見たアベルの正道」より)

徹してために生きる、これが文鮮明先生が教えてくれたアベルの行くべき道です。
決して自分のためではなく、統一教会のためでもない、他のために、世界のために苦労の道を行くのだということです。
神様と人類のために・・・・・・。
ぶれてはならないと思います。
誰のために汗を流し、涙を流すのか。
いつの間にか、自分のことばかり、自分の教会のことばかりを考える自分になっていないかを反省してみなければなりません。
アベルはカインのために生きるのであって、カインに私(アベル)のために生きなさいという立場では決してないのです。
「愛は与えて忘れなさい」文鮮明先生は言われました。
アベルは自分を動機にカインと因縁を結んではならないのです。
カインを生かすために、カインを復帰し、神様のもとに連れ帰るために、アベルはカインのために存在しているのです。神様のために、人類と世界のために生きている統一教会員であり、祝福家庭であることを忘れてはならないのです。